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藍染の 歴史知りたく 徳島へ

徳島へのきっかけ
今回、徳島への旅のきっかけは、大島で藍染職人として高い評価を得ている
菅原匠さんに藍染の話を幾度も聞いていたことから、
一度は藍染の元になる藍のことを見てみたくなったためです。
藍の館で
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阿波藍の歴史を知りたく「藍の館」を訪れました。
阿波藍は、吉野川流域の農村で作られていました。
起源は平安時代の初期という伝承、資料があります。
現在のような蒅(すくも)を使った染は、天正18年(1549)から始まったのです。
写真は、蒅の加工と販売で財を成した藍商屋敷(旧奥村家)の藍加工場前。
藍の歴史
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江戸時代、上質の藍が徳島に入り「正藍」と呼ばれた。
第二次世界大戦中、日本は食糧増産のため藍が禁止作物となった。
藍師(蒅を作る)17代目佐藤平助氏が藍種を山中で密かに栽培し守り抜いた。
そのお陰で一年草の藍は、耐えることなく現在に至っている。
写真は、大正期のうぶ着と明治から大正期の筒描き蒲団地。
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写真は、江戸時代末の庶民が着た木綿友禅の着物
幕末期には贅沢禁止令が出されていたので、庶民は絹の着用は出来なかった。
ところが禁止されていなかった裏地に絹を使った着物を着用していた。
蒅の作り方
蒅作りは、9月になると葉藍を山積みしながら水を打つ。
4~5日すると発酵して摂氏65~70度の高温となる。
寝床はアンモニア臭が立ち込め目をあけていられないほどとのこと。
葉藍が万遍なく発酵するように20回ほど移動する。
切り返しという重労働が100日ほど続く。
蒅の仕上げが近付くと、むしろで葉藍を覆い平温になるのを待つ。
12月初旬に出来上がる。
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by gorongoronisomura | 2014-11-21 20:49 | 亭主の日記 | Comments(0)