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学ぶべき 高橋基生氏の 行動力

高橋基生氏の作戦変更
御蔵島の植生の価値を見出した高橋博士は、米軍射爆場にならないように
(財)鳥類保護連盟 (財)日本自然保護連盟 (財)国立公園協会に反対運動を依頼。
反対陳情書を政府に提出したが、簡単に却下された。
また、アメリカ大使館に直接陳情しただけでなく、アサヒ・イブニングニュース紙に
御蔵島射爆場反対が掲載された。その紙面を関係者に送った。
その紙面には、約100年前に起きたバイキング号遭難事件の経緯も掲載されていた。
ロバート・ケネディ司法長官、ライシャワー駐日大使、ジャック・モイヤー氏らにも送られた。
御蔵島バイキング号救助を
ライシャワー氏から高橋氏への手紙に「米国は爆弾の代わりに記念碑を立てるべきだ」
ロバート・ケネディ司法長官は、国立公文書館でバイキング号が御蔵島で遭難し乗務員が
御蔵島の人々に救助されたことを知る。
また、当時神奈川領事館からリンカーン大統領に宛てた公文書を発見した。
これらの事を知った高橋氏は、バイキング号遭難救助を中心に射爆場回避運動を進め成功した。
日・米それぞれに積極的に働き掛けた高橋氏の努力が御蔵島を射爆場から救うことになった。
高橋氏は、単身渡米しバイキング号遭難事件調査やライシャワー教授のもとを訪ねていた。
高橋氏が大島の産業に
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御蔵島を救った高橋氏は、1976年大島に美生柑を産業にするように農場をつくった。
その場所が、今私達が住んでいるところがその一部で、我が家の隣りに美生柑畑がある。
美生柑は愛媛県御荘町で出来た品種で味がよい。
御蔵島や大島の若者が定着できるようにと考えていた。
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御蔵島に碑
御蔵島には、1967年にバイキング号の記念碑が建てられ、
1999年に御蔵島を射爆場から救った高橋氏の顕彰碑が建てられた。
高橋氏は、「維新の三舟(勝海舟・山岡鉄舟、高橋泥舟)」のひとり高橋泥舟の子孫である。
江戸城無血開城では、海舟の智、泥舟の意、鉄舟の情といわれ、特に余り知られていないが、
高橋泥舟の果たした役割は大きいと評価されている。
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by gorongoronisomura | 2015-02-18 22:17 | 亭主の日記 | Comments(2)
Commented by 広瀬 節良 at 2015-06-17 11:01 x
ごろんごろん元気だよ。よい記事でした。1976年頃、高橋先生のお手伝いでこの地で数ヶ月過ごし「高橋ミカン」を植えた事を思い出します。御蔵島から大島空港を利用して時間のあるときは、今でも「跡地」が懐かしく道から眺めたりします。先日久しぶりに行ったら「ごろんごろん」の看板を道で見ました。御蔵島では今でも数人が自家用として「高橋ミカン」を作っています。また昨年は泉津に作ったミカン山に行ったらジャングルになって場所もわかりづらかったですが、瀕死のミカンを1本見つけました。折ってきた枝の挿し木がつきました。御蔵島では先生の偉業を讃え顕彰碑も建てています。懐かしい記事ありがとうございました。(大島高校卒の御蔵島住人より)
Commented by gorongoronisomura at 2015-06-18 07:22

私の拙いブログを読んで頂きありがとうございました。縁あって高橋先生の家を譲り受け住まわせ頂いております。知り合いの方が見えると、先生の業績を紹介しています。
奥様が置いていかれた高橋農園の小さな看板を大事にしています。
御蔵島には、まだ行っていないので、是非行ってみたいと思っています。